2010年10月1日金曜日

フランスにて / 21 September


9.22#_F


 9月21日の早朝、連休明けのラッシュを少しズラすように時刻を選び、悉く重いスーツケースを持ち上げたり蹴り上げたりしながら成田に向かう。フライト時刻は11:50分、徹夜だった私は飛行機に乗り込めば出てくる機内食をいただき、後は眠っていようと思っていた。
 ところが、私の隣の席に座っていたやや風変わりなダンディが話しかけてくれたことで眠るどころではなかった。
「南仏ですか? いいですね」と、目をろくに通してもいないママンから借りたフランスのガイドブックをパラパラとめくっている私に声をかけてくれたこの男性、年の頃は50代半ばと思われる。
「ええ、滞在先はフォンテーヌブローなんですがね、その後南の方に行くかもしれなくて」
「イル・ド・フランスからですか、距離がありますよ、でも、フランス人は車をすっ飛ばしますし、たいした距離とも思っていないかもしれませんがね、オランジュはいい所ですよ」
 聞けば、彼は以前5年間フランスに暮らしていたのだという、オランジュに。どうもビジネスマンにも見えないし、観光の人とも思えない。色々話していたら、彼が某国立大学の物理化学の教授だということを知った。
「で、先生は何を研究なさっているのですか?」
「宇宙の誕生です」
 ということで、宇宙の誕生についての解説が始まった。私は実に宇宙の誕生に興味がある者なので、あれこれうるさく先生に質問しながらその研究経過にまつわる論(というか証明のスタイルとでも言いたい)を聴いていた、いいものである、大人も大人という年齢になって、フランス行きの飛行機の中で物理学の講義を無料で聴いているのである、これはエール・フランスのオマケか、と私は幸運な気分だった。そして私も先生に私の渡仏理由をお話したら、今度は音楽の話になり、こちらが解説することになった。先生の向こう隣に座っていたこれまた奇策で風変わりな派手な年配の御夫人が、「お話が合うようですのね」と言って、私たちに微笑んだ。
 で、先生はパリで乗り換えてモロッコへ行くのだという、学会があるのだそうだ。
 機内食はまずまずであり、私はシャンパンを最初にいただき、次いでビール、白ワインと少しお酒も楽しんだ。先生もよく呑んでおられた。
 ド・ゴール空港でお別れする時、先生は私に名刺を渡してくれた。何故か私は旅先で見知らぬ人と話をする機会が多い。

 さて、フランスは17時15分、空港に到着、これは予定通りなのだが、飛行機を降りる時にやや待たされ、また出口までの距離が長かったせいもあり、荷物を受け取って出口に私が現れたのは、17半をすでに回っていた。
 気がつけばかなり肉体的に疲れていて、私はひどい顔をしていたかもしれない。が、ふと見れば、ツィードのジャケットを着て帽子を被ったハンサムでほっそりした背の高い男性がニッコリ笑って私を認めたと思ったら、こちらに歩み寄ってくる。彼である。
 私はコリンの顔を見て、思わずほっとして泣いてしまった。彼は私の重たいスーツケースを持ちながら車の所まで私を連れて行く。助手席に座った私にシートベルトを閉めてくれる。窓を開け、車は走り出した。
 丁度夕方のラッシュアワーの時間帯でもあったので、パリの街の外側を走っているハイウェイは所々渋滞するのだが、その渋滞が過ぎるとどの車もぶっ飛ばしている。車よりも「そこ、どけ!」と言わんばかりに走り去っていくのはバイクである、どうやらフランスの交通事情において最も権力があるのはバイクで、次に車、歩行者は比ではなさそうでもある。
「リサ、ここがプリンセス・ダイアナが死んだ場所だよ」と、彼が言う。そう、私はここに到着する前から彼にダイアナが事故にあった場所を訊こうと思っていたのだった。
 外は明るい、18時を過ぎてもまだ太陽が輝き、私はここが異国だと解ってはいても、不思議にもさしてそれを気にしていなかった。そう、これまで西洋に降りた時は、その瞬間、必ずその土地が異国だと意識したものであり、感じる空気も日本と違うように思えたものだが、9月21日の夕刻のフランスに、私は優しく抱かれたような心地だった。
 気がつくと車は郊外を走っていた。彼が指差しながら私に言う。
「Risa、見てごらん、こちら側には太陽、そして向こう側には月があるよ」
 ああ、それは淡いブルーの空に浮かぶ美しい沈む橙の太陽と上りはじめた白い月だった...車は太陽と月に左右から見守られるように走っている。
 やがてフォンテーヌブローに入っていく。その頃、漸く暗くなった。
 コリンは車を街に止め、少し何か食べようといい、私たちはハンバーガーを食べ、私はビールも飲んだ。そこは石畳の小さな街角で、私は或る映画を思い出していた。
 そして更に緑の中を走り、到着した石造りの家である。
 翌日、コリンは私たちのユニットに名前をつけた...Corilsani...と。


 pic : Corilsani


 10月1日 ベッドにて


 つづく


 
 

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